ベーからの手紙      

No.139  2009年3月16日

 元気ですか? 
 春の強い風で、家の裏の竹林が音を鳴らします。
 枯葉が一斉に舞い下りてきて、家の回りやヨハンの部屋の
 回りに積もります。
 この風が遠くへ行くと、色とりどりの花たちが次々と
 咲き出す季節です。


3月6日、ヨハンは10才になりました。
もう、すっかりおじいちゃんです。
寝ている時間がますます長くなり、ひたすら眠って1日を過ごしています。
目はしょぼしょぼとして、開いているのか閉じているのか、わからないような
表情です。

 「ヨハン、起きて散歩に行こう。」
店の踊り場で体を丸くするヨハンに、ママが声をかけました。
ヨハンは、のろのろと面倒くさそうに立ち上がります。
そして、踊り場のふちに立って下を見下ろします。
 「さ、行こう。」
いつもなら、そこで階段をゆっくりと下り出すヨハンですが、なぜか今日は
まったく動こうとしません。気難しそうな顔つきでじっとしています。
そして立ったまま、前足でしきりに右目をこすろうとします。
どうも、様子が変です。
・・・目が、右目が開いていません。かたく閉じたままです。
左目だけで下の様子をうかがって、不安そうにしています。
でも、用を足すためにはとにかく階段を下りて外に出なくちゃ。
1歩を踏み出そうとするヨハンの右足が宙をかきます。
足を下ろす場所を、あっちこっちと探っています。
ママが、ヨハンの足を手で持って階段に置きました。
相変わらず、右目はきつく閉じたまま。 いったい、どうしたんだろう?
次の1歩を踏み出すために、ヨハンは体を壁にくっつけました。
壁に体を預けて、左足で階段を確かめています。
ママは、ヨハンを守るように後ろ向きで下りていきます。
7年と3ヶ月、ほとんど毎日上り下りしている階段だから、段の数や
途中での曲がり具合は、目が見えなくても感覚でわかるみたいです。
あ、危ない! 最後の1段でバランスを崩しました。
やれやれ、それでもなんとか外へ出ることはできました。

お日様の光の下に立ったヨハンは、どことなくつらそうです。
ママが両手で右目を開けようとすると、痛むのか抵抗します。
無理に開けた右目は・・おかしい。 焦点が合っていません。
どうやら、何も見えていないみたいです。
目の色がいつもよりも薄く、白っぽくなっています。

おい、ヨハン、その目、見えないのかい?
大変だ、白内障になってしまったか。
手術をする? 10才の老体が麻酔に耐えられるだろうか。
だけど、見えなきゃ歩けない。 歩かないと足が弱る。
足が弱ったら寝たきりになる。 やっぱり手術をするしかないかな。
この年で手術なんて気の毒だ。
どうしたらいいかわからないまま、ひと晩が過ぎました。

次の日になってもヨハンの右目の様子は変わらず、何も見えないようです。
 「白内障か。おじいちゃんだからね。」
あゆちゃんとひろちゃんも、心配しています。
きつく閉じた右目からは、涙がじわじわと出てまぶたが濡れています。
・・・え? あれ? そう言えば、白内障って涙が出るんだっけ?
それに、ヨハンが前足で右目をこすろうとする仕草は、かゆがってるんだ。
白内障って、かゆい? 
 「ヨハン、もう1度よく目を見せて。」
・・・あ、まぶたが赤く腫れ上がってきています。
その真ん中あたりにはっきりと見える小さな穴は、何かの虫の刺し傷に
違いありません。
目の色は薄く変わったままで、焦点が合わず目玉がぐるぐると動きます。
外因性ショック、多分、何かの毒のショックで見えなくなっているんですね。
あたたかい日が2〜3日続いていたから、虫が突然出てきたのかも
しれません。 この刺し傷は、ハチ、かな?
ママは、ヨハンの涙をふき取りました。

 「いつまで見えないふりしてんの? もう開くんでしょ?」
 「食べ物見たとたんに目が丸くなったくせに、あわてて閉じて演技
  するんじゃないの。弱そうに見せようったって、遅い。」
家族のヨハンへの同情は、ほんの短い間で終わりました。
少しずつ腫れもひいて、焦点もだんだん合うようになってきています。
とにかく、白内障の手術の心配がなくなってよかった、よかった。
これで、またいつものヨハンの毎日が続きます。

                            今日はここまで、またね。 
                                 Beethoven

遠目にはあまり変わりませんが→

近づくと、ごま塩顔がはっきり

日がな1日、うつらうつら

老犬の1日は、夢の中で過ぎていきます。
No.138 No.140