No.138 2009年1月13日
元気ですか?
冷たい風が吹く毎日、ヨハンはこの頃、とても元気です。
散歩にも足取りかるく出かけ、食欲は旺盛、
ぐっすり眠って冬を過ごしています。
毎日ほとんど同じ時間に同じことを繰り返す、
規則正しいヨハンの生活です。
「誰か!! 誰かいないのか!?」
窓越しの大きな声にママがあわてて立ち上がったのは、休日のことでした。
この日は天気がよく、ヨハンは薄い冬の陽射しの中でうたた寝をしているはずです。
のんびりした休日の家の中に、道の砂利を踏む足音と、興奮するよその犬の
気配が伝わってきました。
「おーい! ・・・ほーい!」
男の人の声がヨハンに呼びかけます。
わざわざ外を見なくても、誰なのかわかります。近所に住む犬好きの人です。
この人が飼っている犬とヨハンの縄張りがぶつかり合い、時々、ヨハンは
神経質そうに、家の回りの匂いを念入りに確認しています。
この男の人は散歩の途中に、ヨハンが家にいると必ず声をかけていってくれる
のですが、立ち上がったヨハンには飼い主さんの姿は目に入りません。
ヨハンにとって問題なのは、その隣で息を荒げている白い犬です。
「フッ、フッ、フォッ! タッ!」
相手はヨハンを真っ直ぐにらみつけながら後ろ足で土を蹴り上げ、鋭い息を
吐きます。
「ウ〜、ウ〜!」
受けて立つヨハンは、フェンスの内側から低い声でうなりを響かせます。
自分の部屋の目の前まで他の犬にやって来られるのは、ヨハンにとっては
許しがたい縄張り侵犯です。
「ウ〜」
もう1度低音で相手を脅し、それでも相手が立ち去ろうとしないと、ほとんど
吠えることのないヨハンがひと声、声を荒げます。
「ウォン!」 ここだけは許さないぞ
肩をいからせて仁王立ちするヨハンは、いつものおっとりとは様子が違います。
「誰かいないのか!?」
あせったような男の人の声に、ママは寒い外へ飛び出していきました。
どうしたんだろう。
「おい! おい! 死んでるぞ、おたくの犬。」
白い犬を脇にしたがえたその人は、緊張して目が丸くなっています。
「えっ!?」 ヨハンが死んでる??
ママは、コンクリートの上に横たわるヨハンに目をやりました。
そこにいるのは、すぐそばの大声にもまったく反応せず、目を閉じたまま
ピクリとも動かないヨハン。
「うちの犬がすぐ近くに行っても全然動かない。おかしいぞ。
死んでるんじゃないのか? ほら、見てみろ。」
ママは、確かにまったく動かないヨハンを黙って見下ろしました。
1、2、3・・・ほんの少し、時間が経ちます。
そして、やっと気配を感じ取ったらしいヨハンの目が、ゆっくりと開きます。
「あ、あ、目が動いた。 生きてるな!」
目をパチパチとしばたき、あたりをキョロキョロと見回すと、ヨハンはのろのろと
立ち上がりました。
「いやぁ、あんまり動かないからさ、死んだと思ったのさ。」
「最近は、いつもこんな様子です。年で耳が遠くなりまして。」
「鼻もきかなくなったんでないの?うちの犬、ぴったりそばに行ったんだよ。」
「ま、鼻もきかなくなってるかもしれませんね。」
立ち上がったヨハンは、縄張りに侵入してきたよそ者に、ようやく気づきました。
そして目をつり上げると、あわててうなり声を発します。
「ウウ〜」
「いやぁ、いかった、いかった。死んでなくてなぁ。」
「ウ、ウ〜!」
相手を威嚇するヨハンの声は、男の人の大きな話し声にかき消されます。
何か様子が変だと感じながら、ヨハンはしっぽを1回ブルン!とふるわせ、
自分を奮い立たせて白い犬を追い払おうとしています。
「ウォン!」
「んでなぁ。」 男の人と白い犬は、背中を向けて歩き出しました。
「せっかく寝てたのに、起こしちゃって悪かったわね。」
ヨハンは、わけのわからないような顔をしてママを見つめます。
そうか。うちの家族にとっては当たり前になっているヨハンの行動は、
よその人から見ると、きっと犬として普通じゃないんでしょうね。
見知らぬ人が訪ねてきても、知らんぷり。
・・・・吠えて家族に知らせるなんて、僕の役目じゃない。
よその人がすぐそばに来ても、眠っていると何も気づかない。
・・・・寝ている時まで神経を使うなんて、僕のすることじゃない。
そんなことは野生の動物におまかせさ。 だって、僕はヨハンだから。
白い犬が立ち去って、ヨハンは再び眠りにつきます。
番犬の役には立たないけれど、ヨハンは結構いいやつです。
でも、心配なことが1つ。
今週、また訓練所に泊まらなければいけないんです。
今は何も知らずに眠っているけれど、吠え続ける夜がもうすぐやって来る・・。
「ここから出してくれ〜!」って大騒ぎする夜が。
今日はここまで、またね。
Beethoven |