ベーからの手紙      

No.132 OCT.30.2007

 
 元気ですか?
 公園の木々が、赤や黄色の葉っぱであざやかに衣替えを
 する季節になりました。
 足元には、ほんの少しギンナンも落ちています。
 ヨハンは、いつもと変わらずのんびりと過ごしています。
 

この前の手紙を書いてから、なつかしい人達との出会いと別れがいくつも
ありました。若かった頃の僕が、一緒に遊んだり、ドッグショーや訓練競技会に
一緒に出かけた人達です。

幼いあゆちゃんが通った、青葉山のふもとにあった保育園には、
違う国の子ども達が何人もいました。
外国から仙台の大学に勉強をしに来た人達の家族です。
あゆちゃんは、中国・韓国・ネパールの子ども達と仲良しでした。
休日には家族みんなで、芋煮会やクリスマスパーティー(ごちそうは、カレーに
餃子、キムチに焼き肉でした)に留学生宿舎での夕食と、楽しい数年間を
一緒に過ごしました。
 「子ども達が大学生になったら、家族で仙台に遊びに来ます。」
そう約束していた韓国のアンさん。
あゆちゃんと同い年のサンヒちゃんは教育学部に、
1才違いの弟のゾンファン君は工学部に合格して、
8月に、家族4人で韓国からうちの店を訪ねてきてくれました。
 「ベートーベン君は、もういませんか?」
はい、でも、僕の代わりにヨハンが・・そこで寝ています。
ヨハンは、みんなから体をたくさんなでてもらってご機嫌でした。
来年、サンヒちゃんはアメリカ留学へ出発、ゾンファン君は2年間軍隊へ。
それぞれの人生が始まります。

お父さんのアンさんは、夜の青葉山の研究室の前から、昔、同じ工学部で
学んでいた中国のリンさんの家に電話をかけました。
リンさん一家は、今は高知で暮らしています。
 「なつかしい! 会いたいですね。」
あゆちゃんと同い年のパンパンちゃんは、医学生になっていました。

そして10月、国際センターで学会が続いていたある日。
1人の男の人がお店に入ってきました。
 「あの、私・・・。」  「あ、もしかして、リンさん?」
 「はい、リンです。15年ぶりですね。ベートーベン君は、もういませんよね?」
ええ、でも、僕の代わりにヨハンが・・そこで寝ています。
これから学会で発表をするというリンさん、
 「また、家族一緒に仙台で暮らしたいです」と言って、国際センターへ
歩いていきました。

10月のある日、お店にかかってきた電話。
仙台の訓練所に僕達セント・バーナードがたくさんいた頃、セント・バーナード・
クラブの会長をしていたHさんが亡くなったという知らせでした。
 「もう1度、なんとしてもセント・バーナードと暮らしたい」
マーキュリー君の娘、アリアンナちゃんを飼うことを家族に提案したHさん、
家族全員一致の反対であきらめたんだっけ。
セント・バーナードの代わりに一緒に暮らしていたレトリバーが、ガンで8月に
天国へ旅立ち、「やっぱり犬が欲しい」と、49日の墓参りを終えてから
ペットショップへ向かったそうです。
 「今度は、無理をせず家の中で飼えるように、小さな犬にしようか。」
でも、次々と膝の上に連れてこられる小型犬の、か細い脚を見ると
思い出すのは、もこもこと太ったセント・バーナードの子犬の重量感のある脚。
自分の家でセント・バーナードの出産に立ち会ったこともあるHさんは、
首を横に振りました。  
 「違うんだな。 どうも、だめだ。」
その数日後、家で倒れたHさんは、そのまま帰らぬ人になりました。
 「競技会にドッグショー、あの頃は楽しかったなぁ。」 
最期の頃に、そう、おっしゃっていたそうです。
パパとママは、とても気落ちしていました。

それから1週間後、今度は埼玉からの電話です。
5年前のヨハンのドッグショーデビューの日、仙台まで車を走らせて応援に
駆けつけてくれたSさんが亡くなったという知らせです。
うちの家族は、Sさんを「埼玉のヒゲのおじさん」と呼んでいました。
おみやげはいつも、大きくて硬いパリパリのおせんべい。
 「うちのジャックは、くさいのとブスはきらいなんだ。
  シャンプーしてから出直してこい!」
愛犬のジャックにメスのセント・バーナードの飼い主さんから結婚の申し込みが
あると、まず相手の品定めをするのがSさんの役目でした。
パパとママは、また、ため息をついていました。

時間は、どんどん流れていきます。
「僕の代わり」のヨハンも、見た目は若々しくても、体の中は少しずつ衰えて
きているみたいです。
10月になっても、お日様が照りつけて暑いぐらいの日、公園の水飲み場で
「もっと、もっと」と水をせがむヨハンに、ママはジャージャーと水を出して
たっぷりと飲ませました。
散歩から店に戻って少したった頃、ヨハンがいる階段の踊り場から妙な音が
聞こえました。 ママが駆け上がってみると、朝食を全部吐き出して
神妙な面持ちで座っているヨハンがいました。
いけない、いけない、気をつけなくては。
僕達には、水をがぶ飲みした後に、胃捻転が起きることもあるんだから。
ヨハンも年を取ってきているということを、認めなくちゃいけないんですね。

でも、嗅覚は衰えていないみたいですよ、ヨハンは。
大学のお祭で、イタリアからの留学生の人達とティラミスやパスタを一緒に
作って、お腹いっぱいに食べたあゆちゃんが帰ってくると、疑い深い目つきで
あゆちゃんの全身の匂いを嗅ぎまわっていたからね。


                            今日はここまで、またね。 
                                 Beethoven

のんびりと日向ぼっこが大好きなヨハン

博物館に美術館、仙台の観光ルートです

白髪が増えて、顔の老いは隠せません

涼しい日の足取りは、まだまだ軽やかです
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