No 118.AUG.26. 2005.
元気ですか?
8月25日は、 うちの店の誕生日です。
お店を始めてから、丸々22年の時間が経ったんですね。
今日は、遠い昔のお話・・。
僕よりも先に、この家で暮らしていた1代目のベートーベン。
パパを「自分が絶対に連れ添う相手」と決め、目の前でパパのお父さんと
パパがケンカを始めた時には、毛を逆立ててお父さんに飛びかかろうと
したんですって。
店の誕生日が来る度に、パパとママは彼女のことを思い出すそうです。
お店を開くことと引き換えに、悲しい思いで死なせてしまった気がするから・・・。
日中はママと家で過ごし、休みの日には車で山や川へ遊びに行く、
そんな楽しい日々を送っていたべーは、「ベートーベン」という名前の店を開く
準備の忙しさで、朝早くから夜遅くまで、フェンスに囲まれた犬舎の中で、
パパとママの帰りをひたすら待つ毎日になったそうです。
気落ちしたのか、だんだん食事も食べなくなりました。
「時間がたてば食べるかもしれない。」
暗くなってから家へ帰ってくると、手をつけないままの朝食が
そのまま残っていました。
「これでは可哀想だ。 しばらく、訓練所に預かってもらおう。」
べーの体に触ったパパは、お腹に小さなしこりがあるのに気づきました。
「なんだろう?」
不安がよぎったけれど、その時は、べーのことをじっくり考える時間の余裕が
なかったって・・・。
気が強くて、まるでシェパードのような動きを持っていた1代目のべー。
以前は、訓練所の校庭で気の合わない犬が近づいてくると、全身の毛を
逆立てて注意信号を送ったそうです。 「あっちへお行き!」
そんな彼女が、校庭のすみでおとなしくじーっとしている。
そして、お腹のしこりは、見た目にもはっきりとわかるようになりました。
「開腹して確かめましょう。」
手術に立ち会ったパパは、もう取り除くことのできない、握りこぶしくらいの
大きさの腫瘍に言葉を失なったそうです。
べーに残された命は、あとわずか。
でも店を始めたばかりのパパとママには、子供のようにそれまで一緒に
暮らしてきたべーを看病する時間の余裕がありませんでした。
経験のない初めての仕事で体はクタクタ。
1日の仕事の後、重い体と心で、ママは訓練所へ向かうバスに乗り、
パパはオンボロのバイクでその後ろを走りました。
べーと楽しく過ごした車は、お店を開く資金の1部になったそうです。
自分で起き上がることも、水を飲む力もなくなっていたべーは、
訓練所の1番端のケージの中で、夜になると会いに来る
パパとママを待っていました。
目だけを必死にこちらへ動かすべーを見ているうちに、ママは突然、
「奇跡」ということをふっと考えたそうです。
「こんなに強い絆で結ばれているんだもの。
奮い立たせたら、べーは気力で起き上がり、
それがきっかけで病気が治るんじゃないかしら。」
そんなことを、本気で思ったそうです。
「べー! こっちへおいで! さぁ、べー!」
べーは、必死の形相で、動かぬ体を動かそうともがきました。
「やめろ。 残酷なことをするんじゃない。」
後ろで見守っていた訓練士さんが、静かに言いました。
奇跡は・・、起こりませんでした。
「これ以上は見るに忍びない。 安楽死させましょう。 すぐに来て下さい。」
お店の営業中にかかってきた電話。
無言で急にシャッターを下ろし始めた2人の異様な様子に、
お客様は、慌てて支払いを済ませて出て行ったそうです。
べーは、何のために自分がケージから出されたのか、悟ったのだと思います。
身動きもできなかったのに、自分の足でしっかりと立ち、
パパとママを見つめました。
床に横たえられた骨と皮だけのべーの顔には、かつての意思の強い表情が
浮かんでいました。
脇で注射器の用意をする獣医さん。
「針が入らない。」 何度も前足をさぐる獣医さんをさえぎるかのように、
「アウアウアウーーー!」と、長く、長く、悲しい、切ない声で別れを言いました。
自ら決めた「その時」。 べーの目がグルリと反転し、全身のけいれん。
そして、静寂。
その夜は、激しい雨が降りました。
布団の中で眠れない時間を過ごすママの耳に、雨の中から、
はっきりとべーの声が聞こえたそうです。
あれは、斜め前の家の犬の声でも、向こうの家の犬でもない。
間違いなく、べーだ。
「アォーン、アォーン、・・・・・・。」 まるで狼の遠吠えのような、
これまで聞いたことのない鳴き方で、少しずつ、雨の空へ消えていったそうです。
もし、お隣の家のおばさんが、次の朝こう言わなかったら、
ママは自分の空耳だと思ったに違いありません。
「夕べ、お宅の犬が帰ってきたでしょう? 悲しい声で鳴いてたねぇ。」
1代目のベートーベンとの別れと同時に歩き始めたうちの店。
お店は、また新しい1年の道を歩き続けます。
今日はここまで、またね。
Beethoven |