若林ひとみの翻訳作品と著作

       

           
” ぶんきょうの 図書館だより ”
      

  文京区立図書館報 第103号  発行 文京区立小石川図書館  1988年3月31日
        
  
     「子どもの本を訳す」   若林 ひとみ (翻訳家)

 
 考えてみると、今まで「どうしてドイツ語をやったのですか」ということはずい分聞かれても、
「どうして子どもの本の翻訳をしているのですか」ということは、1度も聞かれたことがないような気がします。
 私は子どもの時から翻訳物ばかりを読んでいました。まだ字が読めなかった頃、夢中で見ていたのが
「小公女」や「小公子」の絵本。
 やがて字を覚えると「足ながおじさん」「若草物語」「メアリー・ポピンズ」「飛ぶ教室」などなど、
新旧の海外の名作を手あたり次第に読んでいきました。
 こうして翻訳物を読みまくりながら、子ども心にも、読みやすい本とそうでない本があることを感じていました。
でもそれは、本そのもののせいなのだと、つまり、読みにくいのは内容がつまらないからだと思っていました。
 中学に入って英語を習い始めると、同じ英語の文章でも、訳す人によって日本文が微妙に違ってくることを
知りました。そして、翻訳物が読みやすかったり読みにくかったりするのは、訳された日本語に原因が
あることもわかってきました。
 
 中学・高校と英語、それもリーダー(注:読本)が私の1番好きな科目でした。
私は、「〜の〜であるところの〜」といった直訳調がきらいで、リーダーの予習にだけはいつも充分時間を
かけて、訳した文章が、なるべくふだん自分が使う自然な日本語になるよう工夫しました。
また、これが楽しくてなりませんでした。
 大人向けの翻訳の場合、少々訳文がこなれていなくても(こなれているにこしたことはありませんが)、
大人の読者は自分の知識や経験からその文章を理解し、本の内容を評価することができます。
 しかし子どもは、そこに書かれている文章からしか内容を読みとることができません。
そして、かつて私がそうだったように、訳された文章が読みにくいばかりに、その本を“面白くない”と
思ってしまうかもしれません。
 
 子どもの本の訳者は、原作に対すると同時に、読者である子どもに対しても責任があると私は思います。
その本を、子どもに好きにさせるも嫌いにさせるも、訳文次第と言っても過言ではないのですから。
 今、子どもの本の訳者として私が心がけていることが2つあります。
 ひとつは、自分が読んで本当にいいと思ったものを訳すということ。私は、絵本も含めドイツの子どもの
本を年に約100冊読みます。その中で、A+ 及びA(文句なく合格)、A−(やや欠点はあるが、まあ合格)を
つけることができて、自分で訳してみようと思うのはせいぜい7〜8冊です。
 ふたつめは、こうして選んだ本をこなれた日本語に訳すこと。本が出たあと、その本が日本の読者に
どのように受け入れられるかはいつも気になりますが、1番うれしいのは「訳文が読みやすかった」と
言われることです。
 
 原作の雰囲気をそこなわずに、それを読みやすい日本語に直すというのは、とてもむずかしい作業だと
思います。ことに絵本の場合は、怖い気さえしています。
 しかし、むずかしく、責任を伴う仕事だからこそやりがいがあり、いい仕事ができるよう、
これからも努力を続けていきたいと思っています。


           
                ” 朝日カルチャーセンター 公開講座 ”

                                  2004年7月〜8月に新宿で開催

   「ドイツの児童文学  どう選び、どう訳すか」 
                                 講師 若林ひとみ(翻訳家)


  エージェントの薦める本なら、なんでも翻訳する人、原作を分割して下訳を出し、次々読み物を訳出する人、
 原語はまったくできないのに、下訳をもとに絵本の翻訳を出す人・・・児童文学の世界にも、このような訳者が
 います。 でも、これでいいのでしょうか。
  児童文学の翻訳では、大人向け書籍の翻訳以上に日本語の繊細さが求められます。
 また、“何を訳すか”では訳者の選択眼が問われます。
 ブックフェアや現地の出版社を何度となく訪ね、年間約200冊の原書を読み、自分で訳す本を探してきた経験を
 もとに、“子供にとって、よい翻訳とは何か”を考えたいと思います。
  児童書の翻訳家や編集者をめざす方、図書館・文庫関係者などのご参加をお待ちしています。 (講師・記)

    1) ”日本の子供にとっておもしろい本”を、どうやってみつけるか
    2) 現地や日本の出版社、エージェントと、どう付き合ったらよいか
    3) みつけた本をどう訳すか  意訳・妙訳・超訳について
 




なんだこりゃたまご」 ジェラルド・ローズ作(イギリス) 1980年・ほるぷ出版

  若木(おさなぎ)ひとみ のペンネームでの児童文学翻訳デビュー作品。
  
    ” 「やや!」 「ごろん」 「がぶり」 「こいつめ」 「のっし」
       「よいしょ」  「ぎゅうぎゅう」   「そーれ!」  ”
  不思議な卵を見つけたジャングルの動物達の反応と生き生きとした表情。
  やがて卵は ” ぱりぱりっ ぐらぐら かちかち にたにた ” と
  大きな動物達の前にその姿を現わします。  ” 「なーんだ」 ”

  カラフルで明るい絵にふさわしい簡潔な日本語、を心がけた訳です。



ヨリンデとヨリンゲル」  グリム童話(ドイツ)  1982年・ほるぷ出版

  若木ひとみ のペンネームで翻訳。 
  ベルナデッテ・ワッツの豊かな色彩の絵と織りなす、ゆったりとしたやさしい言葉たち。
  
      ” 赤いゆびわをはめて わたしの小鳥はうたう
        かなしい かなしい かなしいよ
        おまえは死ぬのと 小ばとはうたう
        かなしい かなし・・・・・  ”

  ヨナキウグイスは悲しそうな声で、こう叫びます。
      ” ツィキュート ツィキュート ツィキュート! ”
  



ちいさなみどりのきょうりゅうくん」  ウルズラ・フックス作(ドイツ) 
                         1983年 さ・え・ら書房

  細い黒ペンで描かれた挿し絵の中で、きょうりゅう君だけが緑色に色がついています。
  
  ある朝、家の赤い屋根に小さな緑色のきょうりゅうが座っているのを見つけたモリス。
    ” 「おーい、きみはだれだい?」  「ぼ、ぼく、きょうりゅう。」
      「やねの上で、なにしてるの?」 「すわってる。」  ”
  モリスの家に住むことになった、火を吹けないために緑恐竜山を追い出された小さな
  緑の泣き虫きょうりゅう君。 「やくたたず!」と、おばあちゃんに怒られてばかり。
  でもおばあちゃんは、「大どろぼうホッツェンプロッツ」の本を読んでくれます。
  そしてお話の最後は、おばあちゃんのこの言葉です。
    ”  「やくになんかたたなくたって、いいんです。
        しあわせかどうかのほうが、もっとたいせつです。」  ”




ドイツ人が日本人によく聞く100の質問
       ドイツ語で日本について話すための本」 若林ひとみ 他共著
                  1983年・三修社 その後、数回改訂版を発行
 
 「社会生活・家庭生活」「食生活・住生活」「日本の伝統と文化」
 「政治・経済・制度」「スポーツ・趣味・娯楽」「日本さまざま」の6つの分野で、
 ドイツ語初心者でも理解できるような自然な会話を紹介。
 
 たとえば、” 「和菓子は自分で作るのですか?」 「いいえ、和菓子は作り方が
  めんどうなので、ふつう自分では作りません。ケーキを焼く人は結構います。」 ”
  ” 「剣道って何ですか?」  「相撲はどういう競技ですか?」 ”
  


おじいちゃん だいすき」 ヴォルフ・ハラント作(オーストリア) 1984年・あかね書房

   ” この本の前とうしろに、文章のついていない絵だけのページがあります。
   前のほうには、おじいちゃんとおばあちゃんがいっしょに楽しくくらしていたときの
   ようす、うしろのほうには、いなかにもどったおじいちゃんが、ひとりでまた元気に
   くらしているようすが、えがかれています。
    左から右へ、上から順番に、ひとつひとつの絵をよくみてください。
   そしてよかったら じぶんでいろをぬってみてください。   
                                      見開きの訳者の文より ”

  おばあちゃんが死んで1人になってしまったおじいちゃんは、都会で息子の家族と
  一緒に暮らすよりも、豊かな自然の中、田舎での生き生きした1人暮らしを選びます。




マクシィぼうやの いえで」 イリーナ・コルシュノウ作(ドイツ) 1984年・金の星社

 馬が大すきなマクシィは、お母さんに車で牧場に連れていってもらうのを楽しみに
しています。「池の水が、もうずいぶん、あたたかくなってきたよ。」マクシィがくびを
なでながら話しかけると、馬はみんな、マクシィの話に耳をかたむけるのです。
 春休み。「あとで、牧場へつれてってね。」「きょうはだめなのよ。おかあさんの
おともだちがくるから。」「でも、きのう、やくそくしたじゃないか。ぼく、おかあさんなんて、
きらいだ。」「マクシィがそんなこというなら、おかあさんも、マクシィなんか大きらい。」
 マクシィは、牧場ではたらくために、ついに「いえで」を決行します。

” ああ、そういえば自分も子どものころ、こういう思いをしたことがあるな、と
 思われた方も、多いのではないでしょうか。      訳者あとがき より  ”




どろぼうダダダ」 ウルズラ・レーマン・グゴルツ作(ドイツ) 1984年 さ・え・ら書房

”どろぼうダダダ、ほんとのなまえは だれも知らない。おんぼろバイクにまたがって
 ダダダダダッとかけまわる。それでみんなは あいつのことを こうよぶのさ。”

村のみんなが恐れる、おばけ森に住むダダダ。あいつは、恐ろしいどろぼうだ!
女の子を誘拐したダダダをみんなで捕まえ、ついに牢屋にぶちこむことができました。
そして、ダダダに幽閉されている人々を救うために男達はおばけ森に踏み込みます。
そこでみんなが見たものは、水車に風車、元気な動物達、ヤギにブタ・ニワトリ・犬。
手入れが行き届いた畑にまきば。
・・・え?彼は、迷子の女の子を助けたんだって?
ダダダは、どろぼうじゃなかったんだ。




白バラが紅く散るとき  ヒトラーに抗したゾフィー21歳
               ヘルマン・フィンケ作(ドイツ)   1986年 講談社

映画「白バラの祈り」で日本人にも知られるようになった、ナチス政権への
抵抗運動を行ないギロチンで処刑された「白バラ」。ミュンヘン大学の教授と
学生による抵抗運動グループの紅一点だったのが、21歳のゾフィー・ショル。
ミュンヘン大学留学中に図書館で原書に出会った訳者は、”かすかに笑みを
見せながら物想う表情のゾフィーの写真にひきこまれるように、ページを
繰り始めました。21歳で断頭台の露と消えた生き方はもちろんですが、
ひとりの女性としてのゾフィーそのもの・・・感受性が強く情感豊かで、いったん
思いこむと一途になる、そんなゾフィーに魅了されました。 (訳者あとがきより)”

自分とゾフィーがあまりにも似ているからこそ、その生き方に魅了されたのだと
いうことに、訳者本人は気づいていたのでしょうか。その後の本人の政治活動
にも影響を与えたであろう、訳者にとって大きな意味を持つ1冊です。




みどりの森はだれのもの」  マリー・マルクス作(ドイツ) 1986年 さ・え・ら書房

  5年B組は遠足で森へやって来ました。
  「母なる自然以上の先生はいない。」が口ぐせのザンダース先生は、
  森を歩きながら 「みどりの森はだれのもの♪」 と歌います。
  その森で子供達が見たものは、山の上まで切り倒された木々、丸見えになった
  アナグマの巣、アスファルトの道路。  これが、ぼくたちの森?
  子供達は、ザンダース先生や教育実習生のペーターと一緒に森を救おうと行動を
  起こします。でも、建設会社を経営する市会議員や森のはずれの製紙工場の社長、
  それに発電所の監査役の圧力で、先生には退職勧告、教師としての適正に欠ける
  としてペーターは不採用に。     さぁ、立ち上がれ!
  子供達、お父さん・お母さん、たくさんの市民、署名運動にテレビ局。
  ” 「わたしたちのだいすきな先生を返して!」  「みどりの森は だれのもの!」 ”
  



フィッツェブッツェ」 パウラ&リヒャルト・デーメル作(ドイツ) 1986年・ほるぷ出版

 子供のための25編の詩、全編がエルンスト・クライドルフのユーゲント様式
 (アール・ヌーボー)の絵で美術書ともいえる美しい1冊。
 「かくれんぼ」「ままごと」「こもりうた」「ブランコ」「ほんとの馬」「いたずらネコ」etc
   
 「サンタクロース」と題した詩もあります。
     ”  クルミやリンゴや おもちゃがいっぱい
        それにケーキ 自家製のケーキ
      
        ムチはいやだな ヒリヒリするもの
        ドイツじゅう どの子も きょうはいい子  ”
 



雨の日のおさんぽ」 U・シェフラー 作(ドイツ)  1986年・文化出版局

  小学2年の国語の教科書で長年親しまれているお話。
  ぼくと、おばあちゃんと犬のルーカスで、雨の日、森の中にお散歩に出かけます。
  黄色いレインコートは、おばあちゃんからのおたんじょうびプレゼント。
  てんとうむし、ことり、おちば、はやい川のながれ、きのこ・・・「おばあちゃん、みて!」
  ” 「 あめの日って やっぱりいいな。 だって おさんぽするのもたのしいし、
     こうやって本もよんでもらえるんだもの。 」   ”

  自然を愛し大切にする暮らし、おじいちゃんやおばあちゃんとの心のふれあい、
  生き物たちへのあたたかいまなざし、そして真剣に生きること。
  これらのことが、若林ひとみが翻訳するために選んだ本の底辺に流れています。



サンタクロースがすねちゃった」  アーヒム・ブレーガー作(ドイツ) 1986年・佑学社

    ”  「そもそもの はじまりは こうです。 『サンタクロースは いない』 」 ”
  新聞の見出しにこう書かれたことを、世界中のサンタたちが知った日から始まった事件。
  サンタクロースたちのストライキ、南の国でのバカンス。
  1人の男の子、クルトがサンタを説得に出かけます。 「ぼくは しんじてる!」と。
  このお話は、プレゼントひとつひとつについていたカードのことばでおしまいになります。
     ” 「 わしらは ちゃんと いるんだよ      サンタクロース 」 ”

  1986年当時の各新聞のこの本の紹介記事の切り抜き、出版社の担当編集者の
  方からの「”サンタクロースがすねちゃった”は、おかげさまで私の出世作に
  なりそうです。」というお手紙が本にはさんであります。




イギリスファンタジー童話傑作選 銀色の時」 (イギリス)
   神宮輝夫・編  もきかずこ&若林ひとみ・訳  1986年・講談社

” 1923年に第1巻が発刊された、イギリスのポエティックファンタジー年刊作品集
  「ジョイストリート」から訳者が選んだ11編。昔話の雰囲気をもち、妖精の国を
  素材とし、独特な美や詩の世界をつくり出していました。”   編者解説 より

若林ひとみの訳は、 ローレンス・ハウスマン作 「銀色の時」
   メーベル・マーロウ作 「お菓子屋のフラッフおばさん」 
                 「フラッフおばさんのブランデー・ボンボン」
   A・Aミルン作 「ウサギの王子」  G・K・チェスタトン作 「カラー・ランド」
   ローズ・ファイルマン作 「サンタクロースが風邪をひいたら」 の6編




みんなの幽霊ローザ」  クリスティーネ・ネストリンガー作(オーストリア)
                           1987年・岩波書店

 ナチスに反対するウィーンのローザ・リーデルは、知人のユダヤ人を
 連行しようとしたナチの隊員と、それを助けようとしない市民に腹を立て、
 道に飛び出して市電にひかれてしまいました。守護天使ならぬ守護幽霊と
 なったローザは戦後のアパートに姿を現わし、次々と楽しい騒動が・・。

 ”私はウィーンでネストリンガーさんにお会いしました。ネストリンガーさんの
 アパートについて、さて呼鈴をおそうとしたちょうどその時、うしろで「こんにちは」と
 声がしました。ふり向くと、サンダルばきに片手に買物かごをさげ、もう片方の
 手にはアイスクリームを持ったネストリンガーさんがそこにいるではありませんか。
                         訳者あとがき より    ”




ブレーメンのおんがくたい」  ヤーコプ&ウィルヘルム・グリム作(ドイツ)
                               1987年・偕成社

”童話に出てくるどろぼうたちは、どうしていつも森にすんでいるのでしょうか?
 中世のドイツでは、罪を犯した者の多くが森に追放されました。ただ、当時の
 裁判はかなりいいかげんなもので、無実の人でも、誤解やうわさで簡単に
 罪人にされてしまいました。ほかにも、人とうまくやっていけない人、風変わりな人
 たちは、「魔女ではないか、狼男ではないか」などどいわれ、迫害されました。

 動物たちは結局はブレーメンに行かなかったのに、どうしてブレーメンの音楽隊と
 いうのでしょう。 理想郷ーそう、動物たちにとってブレーメンとは、理想郷と同じ
 意味をもつ言葉だったのではないでしょうか。    訳者あとがき より   ”




おおかみと七ひきの子やぎ」  グリム兄弟作(ドイツ)  1987年・偕成社

”当時のヨーロッパでは、狼はとても恐れられていました。狼は、家畜ばかりでなく
 人間をもおそう本当に恐ろしい動物でした。近くに狼が出たとなると、人々は
 わなをしかけ狼退治にくりだしました。
 こうしてみると、「七ひきの子やぎ」のお母さんやぎが、最後にずいぶん残酷とも
 思える方法で狼を殺してしまうのも、当時としては当たり前のことだったのです。

 粉屋だけ、狼のおどしにまけたひどい人間のように書かれています。
 中世ドイツでは、一般に粉屋は、粉の量をごまかす信用できない人間とおもわれて
 いました。                    訳者あとがき より       ”




アルプスの少女ハイジ」  ヨハンナ・スピリ作(スイス) 1987年・ポプラ社

”原題を「ハイジ」といい、上巻が1880年、下巻が1881年に発表されました。
 ハイジの原書はかなりボリュームがあります。作品には、作者の宗教観が色濃く表れ、
 また、ハイジがペーターに読みかたを教えるときにつかう本は、いかにも当時の本らしく、
 格言やお説教だらけで、今読むと思わずふきだしてしまいます。

 さて、ハイジという名まえですが、ドイツ語のつづりを発音に忠実にカタカナ表記すると、
 ハイディとなります。ただ、日本では、ハイジとしてすでにひろく親しまれているので、
 今回もハイジとしました。ハイジは、アーデルハイト(Adelheid)の愛称で、最後の
 heidがHeidiとなったものです。       
                                  訳者あとがき より      ”




きゅうりの王さま やっつけろ」 クリスティーネ・ネストリンガー作(オーストリア)  
                                1987年・岩波書店

”お父さんと追放されたきゅうりの王さまが結託し、ともに権威の回復をめざしながら、
 子どもたちにそれを阻まれる物語・・。
 
 今回、訳しながらあらためて読んで思ったのは、この作品は、子どもの親離れの物語では
 ないか、ということです。ボルフィーが、夕方庭を散歩しながら、お父さんとそりが
 合わなくなったのはいつからだったろうと回想しますが、これは、子どもなら誰でも1度は
 経験することではないでしょうか。
 子どもが親に反発を覚え、やがて確執をのり越えたところで、新たな親子関係を築いていく
 −この本では、どの家庭にもある問題が、きゅうりの王さまの突然の出現で際立たされて
 描かれているように私は思います。           
                                      訳者あとがき より     ”




ちびぞう ビンチッヒ」 エルビン・モーザー作(オーストリア) 1987年・ほるぷ出版

あまりにも体が小さいために、群れからはぐれてしまった子ぞうのビンチッヒ。お父さん、
お母さんを捜す旅の最後で、ビンチッヒは、子どものいないやさしいブタの夫婦の子どもに
なります。ブタのお母さんは、「本当のことを言ったら?」と心配するお父さんにこう言います。
” 「あの子が私たちのほんとうの子どもかどうかなんてこと、もんだいじゃありませんわ。」 ”

”西ドイツの出版元のベルツ社は、クリスティーネ・ネストリンガーやヤーノシュなど、
 日本でもよく知られた作家の本を多数出している出版社です。フランクフルトの書籍市で、
 私は、できたばかりというこの本をベルツ社の人から見せてもらいました。 
 「まあ、何てかわいいそうさんかしら・・・・」 モーザーを日本に紹介するにはぴったりの本だ、
 と思いました。                        訳者あとがき より   ”

メールのない時代、原作者のモーザー氏からの手紙が5通はさんであります。サインの後には
漢字で「望作」(モーザー)の印が。他に、新聞や雑誌の書評、友人や読者からの手紙・感想も。
 (余談:未発表の絵本の翻訳原稿が見つかりました。クリスティーネ・ネストリンガーの作品、
 絵はヤーノシュ。大人向けの、詩のような美しい文章です。) 




灰色やしきのネズミたち」  ヴィリー・フェアマン作(ドイツ)  1988年・国土社
                
   ”   「本なしでくらすくらいなら、はだしでくらした方がいい」
   ドイツでお会いしたとき、作者のフェアマンさんは、私が持っていった
   「灰色やしきのネズミたち」の原書に、こう書いてくださいました。 
   賢者の象徴であるフクロウの絵とともに。
   日本でもドイツでも、かつて、人びとが自分の読みたい本を、自由に読めなかった
   時代がありました。リリィたちネズミの住む灰色屋敷もそうでしたね。
   本の中に、リリィがフリーデリケに、本を読むとはどういうことかを説明するくだりが
   ありますね。私が1ばん好きなところです。
   ことに、「本を読むとは、ねむり姫にキスをして目をさまさせるようなこと」というのは、
   なんとすてきなたえでしょう。
   どうかみなさんも、これからもたくさんの本を手にとって、本の中でねむっている
   お話の目を、さましてあげてください。             訳者あとがきより ” 




片手いっぱいの星」  ラフィク・シャミ作(シリア)  1988年・岩波書店

 ダマスカスで創作活動を始めたキリスト教徒のシャミ氏は、後にドイツに移住し
 ドイツ語で作品を発表。1年ごとに軍事クーデターが起きていた、作者が
 少年だった頃のシリアでの生活を描いた自伝的要素が濃いフィクションです。
 
 ”アラブでは、星は希望を表すといいます。あたりが暗ければ暗いほど、つまり、
  状況が過酷であればあるほど、星はますます明るく輝きます。
  片手いっぱいの星ーそれは、常に「ぼく」に希望と勇気を与えてくれる
  サリームじいさんの愛の象徴なのです。
                            訳者あとがきより     ”



屋根の上の海賊」  ヨー・ベスツム 作(ドイツ)  1988年・あかね書房

”「あいつの船は、遠くからでもすぐにわかる。オウムを肩にのせ、あいつは、
 マストによりかかっている。おぼれた海賊の魂が、オウムの口をかりてあいつの耳に
 こうささやくと、あいつはふっとわらいをもらす。
  『おい、船長、わかるか? パウルが船長のことを考えているぜ。』  ”

学校の算数の授業中にも、ときどき、「あいつは今、命をかけて戦っているころだな」と
考え、ぼーっとものおもいにふけるパウル。いつか僕も、七つの海をあばれまわるのだ。

” お姫さまごっこ、人さらいごっこ・・・私も子どものころ近所の友だちと、毎日夢中で
 「ごっこ遊び」をしました。日がくれて家にもどる時間がくると、つづきはまた明日
 やるのです。                 訳者あとがき より      ”
 



こちらB組探偵団@ 名画を追え」 ステファン・ボルフ作(ドイツ) 1988年・偕成社

ティム、カール、ビリーの3人の男の子、そして金髪の少女ガビー。1年B組のクラスメート
4人が活躍する、テレビドラマにもなったドイツで大人気の少年探偵団シリーズ第1作。

” お元気でご帰国のことと思います。その後のあなたのお仕事は色々拝見していますが、
 「名画を追え」を一気に読了、訳の上手になられたのに驚き、且つ喜んでいます。
 留守番電話のテープが満杯らしくメッセージを残せませんでしたので、どうしても
 そのことを一言申し上げたくハガキを差し上げた次第です。まだまだ伸びる才能を
 期待しています。ご精進をお続け下さい。     
                                 出版社の方からのおたより    ”




マヌエルとディディのおはなし 春」  エルビン・モーザー作(オーストリア) 
                            1988年・大日本絵画

ネズミのマヌエルとディディ、ハリネズミのレオポルド、フクロウのゴットフリート。
すてきな名前がついた仲間は、もちろん魅力的ですが、各ページの下に小さく描かれる
アリがなんともかわいい! 自然の中の、ほのぼのとした動物達のお話とはまた別に、
この小さなアリさんを追いかけてパラパラとページをめくり直してしまいます。

” マヌエルは、フクロウのゴットフリートのことばをおもいだしました。
 「にじのたもとには、たからものがうまってるんだよ。」
  マヌエルは、にじのたもとまで あなをほってためしてみることにしました。 ”
さて、終点で出会った宝物とは?




マヌエルとディディのおはなし 夏」  エルビン・モーザー作(オーストリア)
                             1988年・大日本絵画

夏のお話に登場する仲間は、バッタ・イエネズミ・こがねむし・カワネズミ・ニワトリ・・。
森の大きなキノコを日傘にして歩くマヌエルとディディ。
やがて雷が鳴り雨が降るとキノコは雨傘に、夜には引っくり返してふかふかのベッド、
川に着いたら帆を張ってボートに変身。
行動的でアイデアマンのマヌエルにとって、いつも一緒のディディは大切な友だちです。

作者のモーザー氏は1954年 ウィーン生まれ、訳者とは1才違い。
15才で働き始め、独学で絵を学んでたくさんの本を出版しています。




マヌエルとディディのおはなし 秋」  エルビン・モーザー作(オーストリア)
                             1988年・大日本絵画

”川おばけ”−島に住むカワネズミのノイベルトが作った、ハロウィーンのかぼちゃの
オバケ。家の中に監禁されているに違いないノイベルトを助けるために、
マヌエルとディディは勇気を出して呼びかけます。 「おい、おばけ!」

”おちばのうち”−黄色や茶色の落ち葉の季節。「おちばでいえをつくろう!」「いいね!」
細い枝の骨組みの上に、次々と葉っぱを重ねていきます。結構大変な仕事でしたが、
りっぱな家が出来上がりました。ところが、びゅーっと強い風が吹いてきて・・。
「すてきなうちだったのにね。」  2匹のネズミはへこたれない強さを持っています。



マヌエルとディディのおはなし 冬」  エルビン・モーザー作(オーストリア)
                             1988年・大日本絵画

氷が張った川、雪におおわれた白い山にもいろんな動物が生きています。
釣りをするクマ・川の中の魚・お腹を空かせたキツネ・雪男・アナグマにカラスも。
キツネは相変わらず悪者ですが、チーズを譲ってくれるカラスは善き隣人。
雪男は、マヌエルとディディのおみやげのリンゴをストーブにのせて焼きリンゴを
作ってくれます。・・ストーブのすぐそばの雪男は溶けてしまわないのかしら?

欧米の児童文学では、ネズミは賢い・勇気がある・仲間と助け合う生き物として
描かれ、嫌われる要素があまりありませんね。
この本の絵では、クマや雪男と比較してネズミは大きく描かれています。




ビンチッヒと おともだち」 エルビン・モーザー作(オーストリア) 1988年・ほるぷ出版

ブタのお父さん・お母さんと暮らす小さなぞうのビンチッヒに友達ができます。親切なネズミ、
崖から落ちそうになった子どもライオンを助け、嵐で羽を怪我したワシを背中に乗せて
あげ、みんなで一緒に眠ります。  いつかは、ゾウの仲間にきっと会えるさ。

”私はウィーンでモーザーさんにお会いしました。ちょうど「ビンチッヒ」シリーズ3作目の絵が
 できあがったところでした。まだ出版社の人にも見せていない絵を、私は世界で1番最初に
 見せてもらいました。 モーザーさんは、今回、第12回「みみずく賞」を受賞されました。
 (毎年日本の数ヶ所で行なわれる世界絵本作家原画展で、来場者の投票で決まる絵本作家
 への賞)ご本人も、この賞の受賞をとても喜んでいらっしゃいます。   訳者あとがき より ”
 
校正のための本の間に鉛筆書きの翻訳文が原稿用紙に10枚。右上がりの字が躍っています。




イギリスファンタジー童話傑作選  夏至の魔法」  (イギリス)
        神宮 輝夫・編  もきかずこ&若林ひとみ・訳  1988年・講談社

全8編の作品中、若林ひとみの訳は、ローレンス・ハウスマン作 「妖精を信じますか?」
         ヒュー・ウォルポール 作 「ストレンジャー」
         メーベル・マーロウ 作 「みんなで背中を流すには」 
         メーベル・マーロウ 作 「歌い病・バイオリン病・フルート病」 の4編

”「ジョイストリート」の原書に接して心をひかれ、いつかはその1部でも、日本の
 子どもたちと大人たちに紹介したいと夢みたことが、文庫の形で現実したことを
 私はほんとうにうれしく思っています。 これらの作品は訳者である、もきかずこさんと
 若林ひとみさんが選んだものです。それぞれが心にかなうものを選んで訳しているので、
 作品の特徴がよく生かされていると思います。2人の訳になる詩と、原書どおりのさしえと
 ともに楽しんでいただけたら幸いです。           編者(英米文学者)解説 より ”




ビンチッヒ たびにでる」 エルビン・モーザー作(オーストリア) 1988年・ほるぷ出版

ゾウの仲間を探しに、旅に出ることにしたビンチッヒ。小さなゾウを子供がわりに
育ててきたブタの夫婦は、”いつか こういう日がくるだろうとおもっていました。”
友達のワシには奥さんが見つかったので、巣作りのためお別れです。
一緒に出発したネズミも、旅の途中でガールフレンドができてビンチッヒと別れます。
親離れ、子離れ、そして友達の結婚。 ゾウとしてのひとり立ちを予感させます。
 ”きみがなかまをみつけたら、ぼくも じぶんのなかまのところにかえるよ。”
小さなライオンも、ビンチッヒにこう告げます。

あたたかだった前2作の絵と比べると、切り立つ岩山、草も枯れて茶色い草原、
涙を流す顔、寂しげな表情、と大人への道の厳しさが表れています。




ビンチッヒのあたらしいたび」  エルビン・モーザー作(オーストリア)
                         1989年・ほるぷ出版

「ちびぞうビンチッヒ」シリーズの最後の本。 ビンチッヒと友だちのライオンをボートに
乗せてくれるネズミが登場しますが、そのネズミは「マヌエルとディディ」のマヌエルに
そっくり。 モーザー氏の絵は、かわいくて、どこかさびしくて、やさしい色合いです。

訳者あとがきの「ドイツでビンチッヒのぬいぐるみが発売されます。」という文章を読んだ時、
私の頭の中で何かが合図しました。  青いゾウ、ゾウのぬいぐるみ・・あ、あれだ!
遺品の中にあったぬいぐるみを見た娘。「かわいい!これ、ちょうだい。」「いいわよ。」

訳者が撮影したモーザー氏の写真が掲載されています。

こちらB組探偵団B クラスメート誘拐」  ステファン・ボルフ作(ドイツ)  
                               1989年・偕成社

” このシリーズは1979年に第1巻が出てから、今までに全部で50巻以上出版されて
  います。ドイツでは、テレビドラマ、漫画にもなって、各地にファンクラブもでき、
  会報も出ています。
  作者のステファン・ボルフ(本名ロルフ・カルムチャク)さんは、アメリカのレイモンド・
  チャンドラーや、シャーロック・ホームズの作家コナン・ドイルが大好きということです。
  ティムたちが日本で活躍する話もいつか書いてみたいと、ボルフさんはおっしゃって
  います。実現したらうれしいですね。              訳者あとがき より     ”





おかあさんへ −母の日 おめでとうー 」  アヒム・ブレ−ガー作(ドイツ) 
                                1989年・講談社

2人の子供、ロベルトとジーナから「母の日にほしいものは?」と聞かれたお母さんは、
こう答えます。「ほしいものなんて、ないわね。また仕事をしたいの。2人とも、どう思う?」
” ジーナがお母さんが働くことに反対し、むくれても、両親はけっしてジーナに迎合せず、
 大人の考えをつらぬきながら、ジーナの気持ちがかわるのをしんぼう強く待つのです。
 このような、一見子どもをつきはなしたように見える大人と子どもの関係は、
 ドイツでは一般的なことで、こういう大人のやりとりの中で子どもの自立心が
 育っていくように思います。                  訳者あとがき より    ”

”先日、挿画について感想をおっしゃらなかったので、あまり気に入ってはいないのだな、と
 思いました。”と、編集者の方のお手紙がはさんであります。読書に夢中だった子供の
 頃からの児童文学への強い思い、文章と絵が一体となって生まれる心躍る世界への
 訳者のこだわりが、無言であったということから伝わってくる気がします。




講談社のおはなし絵本館    ブレーメンのおんがくたい  しらゆきひめ
                      
グリム兄弟(ドイツ)  1990年・講談社

”  「かがみよ、かがみ、このよで だれが いちばんきれい?」
     「おきさきさまが いちばんきれい。 でも、しらゆきひめは もっときれい。」  ”
原語では「千倍きれい」の表現をどう訳すべきか、編集者とのやり取りが残っています。

”ドイツ語では「どうもありがとう」を「Danke tausendmal」という言い方をしますが、これを
 「千回・千倍ありがとう」とは訳しません。「千倍」がきれいさの度合いを表すことばであれば、
 あえて「千」という数値を訳出することにこだわる必要はないと思います。
 今昔を問わず、「千倍〜」は、日本語の表現として一般的だとは思いません。
 原文に忠実に訳出することより、子どもにわかりやすい、自然体な日本語にすることを
 心がけました。あのような状況をふつう日本語で何と言うか、を考えて到着したのが
 「もっときれい」という表現。 「ずっと」も考えた末に、やめました。 
 「もっと もっと きれい」? →「もっと ずっと きれい」にして下さい。      ”




チョコレートとバナナの国で」  カーリン・ギュンディッシュ作(ルーマニア)  
                          1990年 さ・え・ら書房

ルーマニアから見た豊かな国・西ドイツは、「チョコレートとバナナの国」。
18世紀半ばに大がかりなドイツ人の移住が行なわれた地方には、ドイツ系住民が多く
住んでいました。第2次世界大戦の敗戦後、ドイツ系住民の男性はソ連に強制連行され、
その後ルーマニアではなくドイツに帰されて家族は離散、残されたドイツ系住民は
少数民族として抑圧を受けました。
1978年、両国の間で協定がかわされ、ルーマニアから西ドイツへの移住が認められます。

”わたしが出たばかりのこの本を読んで、ぜひとも日本語に訳したいというと、作者の
ギュンディッシュさんも出版社の人も、おどろいた顔をしました。「ドイツの問題を日本の
子どもたちは理解できると思うか」  「できる」とわたしは答えました。 
中国から日本に来た残留孤児とその子どもたち、難民、帰国子女・・・、
この本に描かれたことはどこにでもある問題だと思ったからです。   訳者あとがき より ”




こちらB組探偵団 放火魔のくる夜 I」  ステファン・ボルフ作(ドイツ)
                               1990年・偕成社

1年B組の4人が事件を解決する少年探偵団シリーズ。
ボルフ氏は、大人向けのテレビドラマのシナリオやミステリーを数多く手がけている作家です。
「B組探偵団」は第1巻から大人気となり、キャラクターグッズも登場しました。

子ども向けでも、ミステリーはテンポ感が大切なのは同じです。
 ” 「まって!」 「おい!」 「ばかいうな!」 「あんた、だれ?」 「さあ、いえ!」
  ギョッとした。 大きく息をすった。 腕をつかむとうしろにねじあげた。 血の気が失せた。”
ラストの事件解決まで、すっきりした言葉でポンポンと一気に進みます。




じめんの したの なかまたち」  ケティ・ベント絵  エベリーン・ハスラー作(スイス)
                              1990年・冨山房
 
 ” ひゅーるる、るるー。 かぜに このはが とんで あきに なりました。 ”

冬ごもりの準備をする地面の下の虫たち、エリンゲン・シュヌープ・クヌープ・ロトロにリア。
それぞれが蓄える冬の食べ物、美しい蛾のさなぎの糸は白いハンモック、トランプをして
過ごす暗い土の下の仲良しの虫たちの世界が、鮮やかな色づかいで細やかに描かれます。
「どろぼうダダダ」(さ・え・ら書房)のさし絵でチューリッヒ児童図書賞を受賞したベントが、
絵本用に描いた初めてのカラーの絵。春の訪れのページは、心が明るくなります。

 ” 「もうすこしの しんぼうよ、エリンゲン。 そのうち あなたも とべるようになるわ。」
  リアは にっこり わらって こういうと、 よるのもりに とんでいきました。”




ぼうしネコとゆかいな仲間」  ジーモン&デージ・ルーゲ作(ドイツ)  
                           1991年・岩波書店

 帽子をかぶり、ハンドバッグを持つおしゃれなネコ。そしてゆかいな同居人たち、
 犬のクナーク船長・イノシシのイガイガベビー・プリンが大好きプリンバチ・
 眠りながら後ろ向きに歩くラマ、コウノトリのツンノメリetc。
 
 若林ひとみがこの作品から思い浮かべたのは、「クマのプーさん」や
 「たのしい川べ」などのイギリスのファンタジー作品とそのキャラクターでした。
 ドイツ人がこんなユーモアあふれる作品を書くなんて!
 子供の頃を思い出し、楽しそうに翻訳をする訳者の姿が目に浮かびます。



ぼうしネコのたのしい家」  ジーモン&デージ・ルーゲ作(ドイツ)
                         1991年・岩波書店

 「ぼうしネコ」の続編。前作のキャラクターに加え、冬眠をする雪ニワトリのボグミール、
 ホームシック・キャンデーを食べる巨人のザラトウスキー、サルのクリンゲマンetc、
 新しく登場する仲間たちもみんな個性的です。
 
 ”ネコの家の住人のちょっとかわったところというのは、じつは、私たちだれもが
 もっている欠点や弱さなのです。そして、ネコの家の住人たちは、おたがいに
 その欠点や弱さを受け入れ、補いあいながら、ネコを中心に仲良く暮らしていきます。
                                   
                                     訳者あとがきより    ”
 



サンタさんからおへんじついた!?」  若林 ひとみ著   1992年・ポプラ社
   
  ” 著者はクリスマス研究家  数年前にヨーロッパを旅行中にあやまってサンタ村に
    まよいこみ1年ほどくらす。帰国後も、サンタ村新聞局記者のギッテ・ハーゲンと
    文通をつづけ、この本を訳すことに。           著者の紹介より ”

  サンタ村に届く世界中のこどもたちからの手紙。サンタクロースやトナカイへのたくさんの
  質問にサンタ村新聞局のハーゲン記者がていねいに、ユーモアたっぷりに答えます。
  取り上げた質問は全部で23。 「Q1 サンタクロースは、いるんですか?  
      Q7 どうして、世界中の道がわかるのですか?  
     Q11 トナカイは、なぜ空をとべるのですか?  
     Q23 24日の晩に、サンタクロースを見るには、どうしたらいいですか? 」




よるの森のひみつ ースイス南部の昔話よりー 」 
      ケティ・ベント絵  エベリーン・ハスラー作(スイス) 1993年・冨山房

日本の「こぶとりじいさん」とそっくりなお話。 スイスの昔話の主役は双子の兄弟、
森の自然や動物・虫を愛し、いつくしむ弟が森の妖精に背中のこぶを取ってもらいます。

”絵のあちこちに、人間の行ないをじっと見ている顔や目があります。「ものいわぬ自然も、
 人間のやることをちゃんと見ているのだよ」ということを、この絵本は私たちに語っている
 ようです。 ベントさんは、この絵本の世界のような自然が豊かなスイスの山の中に
 住んでいます。家にはテレビがなく、1番近くのバス停まで、山道を歩いて30分かかります。
 ベントさんの家を訪ねるたびに、私は「自然は人間がいなくても生きていけるが、人間は
 自然なしでは生きていけない」ということをしみじみ感じるのです。      
 細密画のように絵を仕上げていくベントさん、この本の絵を描いている途中に胆石の
 手術で入院し、完成に3年もかかったそうです。           訳者あとがき より  ”




海賊の心臓」  ベノ・プルードラ作(ドイツ)  1995年・大日本図書

 女王に仕えていた海賊が船と共に海に沈み、海賊の心臓が体から離れて
 石になりました。300年後、1人の女の子が、その石と言葉をかわします。
 
 ”旧東ドイツの子どもの本には、社会主義体制を賛美するような作品や
 社会主義国独特の暮らしや問題を描いた作品が多く、西側諸国で受け入れられる
 ものはあまりありませんでしたが、ベノ・プルードラの作品には体制の違いを超越した
 文学作品として完成度の高いものが多く、西側でも出版されていました。
                          
                                  訳者あとがき より   ”



ナオミの秘密」  マイロン・リーボイ作(アメリカ)  1995年・岩波書店

”「ナオミの秘密」(原題『アランとナオミ』1977年刊)を初めて読んだのは、1980年でした。
 以来、この本を自分の手で訳したいと思いつづけ、いまやっと、みなさんに日本語訳を
 読んでいただけることになりました。 この作品の舞台は、第2次世界大戦末期、
 1944年ごろのニューヨークです。  アラン一家はユダヤ系移民の子孫です。
 第2次世界大戦が始まると、ヒトラーの迫害を逃れ多くのユダヤ人がアメリカへやってきて、
 ナオミたちのように、ほとんど何も持たずに命からがら逃げてきた人びともいました。 
 ナチに目の前でお父さんを殺され、心に深い傷を負った少女ナオミと、そんなナオミを
 なんとか立ち直らせようとするアラン。
 そののち時間がナオミを治してくれたことを祈らずにはいられません。       
                                       訳者あとがき より    ”




トゥユのたんじょうび」  ウルセル・シェフラー作(ドイツ) 1996年・福音館書店

”世界中で知らない人がいない歌は3つ、それは、「きよしこの夜」 「ほたるの光」
 「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」だそうです。ドイツでも「ハッピー・バースデー・トゥ・
 ユー」は英語の歌詞のまま、誕生日の人の名前をいれて歌われています。         
                                      訳者あとがき より   ”

ゾウのトゥユから誕生日のパーティの招待状を受け取った森の動物たちは、
みんなでトゥユのために誕生日のお祝いの歌を作って歌うことにしました。
ゴムの木の大きな葉っぱに5本の線を引き、そこにハエがとまって音符になります。   
        「いち にの さん! ハピ バスデ トゥユ!」




しろくまオント サンタクロースに あいにいく」  アルカディオ・ロバト作(スペイン)
                           1998年・フレーベル館

ある日、子グマのオントは雪原で赤いとんがり帽子を見つけました。サンタさんのだ。
サンタクロースに落し物を届けるために、オントはオーロラを目指して歩いていきます。
たどり着いた北極にいたのは、なんとたくさんのサンタクロース。
    「ほんものの サンタクロースは だれなの?」

1枚1枚の絵がオーロラを思わせる色彩で、少しずつ変化する色合いが美しい。
南欧の絵本作家が描いた北欧の空気は、雪原なのに凍える寒さではありません。
訳者は北欧各国も愛し、何度も訪問。最期の入院の後もドイツと北欧を訪問予定でした。




ほしのこのひみつ」 アルカディオ・ロバト作(スペイン) 1998年・フレーベル館

お話の最初のページと最後のページに、同じ文章が繰り返されます。
 ” さわやかな なつの よるです。 こおろぎが ころころ、 かえるは けろけろ
  ないています。 このはが さわさわと かぜに ゆれています。 ”
訳者が子供時代に体験した、豊かな自然の光景が思い浮かびます。

毎晩、ベッドに入ったヘレンに本を読んでくれるお母さん。お母さんの声は、窓から
空高く上っていき、そのお話を聞くのを、星の子は毎晩楽しみに待っていました。
訳者は、新しい本ができあがると、友人のお子さん達に送り届けていました。
「若林さん、いつも本をありがとうございます。」と子供達からの手紙が残っています。




名作を1冊で楽しむ  グリム絵本館」  グリム兄弟作(ドイツ) 2004年・講談社

1990年発行の「おはなし絵本館」を、他の翻訳者による4つのお話と共にまとめた絵本。
  ” 「山のむこうのこびとたちのうちにいるしらゆきひめは もっと ずっと きれい」 ”

 ”     著者プロフィール  若林 ひとみ
 1953年北海道生まれ。東京外国語大学ドイツ語学科卒業。
 著書に「サンタさんからおへんじついた!?」(ポプラ社)、訳書に「白バラが紅く散るとき」
 (講談社文庫)、「片手いっぱいの星」(岩波書店)、「みどりの森はだれのもの」
 (さ・え・ら書房)、ほか多数。 アンティークのドールハウスやおもちゃ、
 クリスマスグッズのコレクター・研究家でもある。  ”




チンパンジーとさかなどろぼう」 ジョン・キラカ作(タンザニア) 2004年・岩波書店
               原文=スワヒリ語 ドイツ語訳=クリスティーネ・ハッツ

チンパンジーの漁師、ソクベは今日は大漁でした。ところが、くいしんぼうのイヌが魚を
盗んで全部食べてしまいました。村で1番年寄りのゾウが裁判官になって、何日も裁判が
続きました。 さて、森の裁判ではどんな判決が言い渡されるのでしょう。

「全体に文章のスタイルが行儀よくなっていますが、原文のドイツ語もそんな感じでしょう
かしら。」という編集者の問いかけに、「原文(ドイツ語)は、どうということのない、まったく
平凡なドイツ語です。 私も、絵本でここまでの意訳というか、超訳は初めてでしたので、
ためらいつつ訳していたということもあるにはあります。」と返事を出しています。

 



クリスマスの文化史」  若林 ひとみ   2004年・白水社

著者の長年に渡るヨーロッパ(特にドイツ)のクリスマス研究の集大成である本。
クリスマスの歴史や様々なクリスマスシーン、収集したクリスマスグッズを写真と共に紹介。

”キリスト教徒ではない私が、なぜこれほどまでに、クリスマスの研究にのめり込んでしまった
 のだろうか。整理がつかないまま増えつづける資料や、収入の大半をつぎ込み買い集めた 
 コレクションに埋もれながら、自問を繰り返してきました。それでもほとんど毎年、冬になると
 駆り立てられるようにヨーロッパにでかけていたのは、やはりそれが面白かったからでした。
 本書は、10年前に企画が決まりながら、その直後に突然政治の世界に足を踏み入れて
 しまった私の個人的な事情で、執筆が中断したままになっていました。 ・・自分に執筆の
 時間がないことをもどかしく思い続けてきました。          著者あとがき より    ”

校正のための1冊のしおりが、ガン治療を受ける病院の領収証であるのが悲しい。




ドイツ街物語 ヤナセライフ・プレジール」 若林ひとみ文 2005年・ヤナセ

2005年5月〜9月に発行された雑誌に掲載された、もう1つの遺作でもある文章。
1690年、シーボルトよりもはるか以前に日本に初めて来たドイツ人医師の故郷・
レムゴー、新法王の故郷・マルクトル、ヴィクトリア女王の夫君、アルバート公の
出身地・コーブルク、ベルリンの壁を倒したライプチヒを切れ味のよい文章で紹介。
クリスマス研究のために、カトリック・プロテスタント双方のキリスト教への知識も深く、
また、ドイツに関する幅広い知識がうかがえますが、連載は途中で中断しました。




名作に描かれたクリスマス」 若林 ひとみ著 2005年11月18日・岩波書店

遺作。肺に転移した末期がんで息をするのも苦しくなっていく中で、クリスマスが
描かれている約80冊の本を改めて読み込み、名作の中の様々なクリスマスシーンに
沿って欧米のクリスマスの歴史や文化を解説。自身のアンティークコレクションも紹介。

「入院中の若林さんから白紙のファックスが届いたこともありました。本当に
 できあがるのか、綱渡りの状態でした。最後のお仕事を一緒にさせていただいた
 ことを大切にしていきます。」 出版社の編集の方にはご苦労をおかけしました。
病室に届いた美しい本を、「よかったですね」と主治医や看護師さん達がベッドを
囲んで共に喜んで下さったそうです。 その1週間後に永眠。

      1923年に発刊されたイギリスのファンタジー作品集「ジョイストリート」第1巻は、
      編集に参加した詩人・作家であるローズ・ファイルマンのこどものための1篇の詩で始まります。

        “  「笛吹き」       ローズ・ファイルマン詩  若林ひとみ訳
                 
                    笛吹き 笛吹き きかせておくれ
                    夏の輝く午後の調べを
                    小さな茶色の野ウサギたちが
                    調べに合わせて踊りでよう

                    笛吹き 笛吹き きかせておくれ
                    またたく星と 月の調べを
                    妖精たちが歌いだし
                    まるい踊りの輪を作ろう               ”
    
              (イギリスファンタジー童話傑作選 「夏至の魔法」より  講談社)