ベーからの手紙      
  No.21 MAR.10. 2001


 元気ですか? 
 毎年3月は、「仙台を離れることになりました。」と,転勤していく方や、
 就職が決まった学生さんとのお別れの季節です。


   パパが仕事をしていた会社を辞めたのは18年前の4月、
   お店を開いたのが8月。
   決まっていたのは店の名前とキャラクターだけ。
   悩むことは何もなし。「セント・バーナードのベートーベン」。
   4ヶ月の間に、商売のことは全く知らないパパとママの2人で場所を探し、
   お店に必要な物を買い揃えるためにトラックを借りて走り回り、
   雨の中、宣伝のティッシュペーパーを配りました。
   『自分が作り上げたコーヒーは本当においしいんだろうか?
   お客様に受け入れていただけるかな?』
   初めの頃は、パパが淹れたコーヒーを飲んでいただく場所がありました。
   お客様へコーヒーをお出しすると,パパは味が気になり,しゃがみこんで
   サーバーに残ったコーヒーをこっそり口にしていました。
   「ありがとうございました」とお客様に頭を下げることも、
   それまでやったことのないパパとママには、心をこめられるようになるまでに
   時間がかかったそうです。
   1代目のベーが永い眠りについたのがその年の11月。
   そして、休日もなしで神経を張りつめて仕事をしていたパパは、
   次の年、とうとう体をこわしてしまいました。
   救急車で病院へ運ばれてから2日間眠り続けたパパですが、
   起き上がれるようになると、「店が心配だ。」とこっそり病室を抜け出して、
   幽霊みたいな顔で突然店に現れママに怒られていました。
   どんなに一生懸命仕事をしても、病気で倒れてしまってはしょうがない。
   3週間のパパの入院の後、日曜日と祝日はお店を休むことにしました。

   仙台を離れていった方達から、パパが作ったコーヒーの注文をいただくと
   とてもうれしいです。
   今は、初めての方ともメールでやりとりできるし・・・。
   あなたとも、いつかお会いしたいですね。

                   今日はここまで、またね。
                                                 
Beethoven

ベーからの手紙      
  No.22 MAR.21. 2001

 元気ですか? 
 久しぶりに僕の賞状をながめてました。
 訓練競技会で入賞した時のトロフィーや賞状、ドッグショーでの入賞はロゼット
 (大きなリボン)です。


   うちの店も賞状をいただいたことがあります。新聞に載せていた小さな小さな広告。
   バレンタインデーの頃は、『店に聞く。・・・
       いい豆を使うと,コーヒーは冷めてもいい味を出します。
                         いい男といい女に飲んでほしい。』
   春が近づいたら、『犬に聞く。・・・
       うちのコーヒーは、春にとっても似合うと思います。
                         においでわかるんです。』
   そして、毎月の「今月のブレンド」は『豆に聞く。』で登場。
   これが、新聞・テレビ・ラジオの広告の中から選ばれる、仙台広告賞を受賞したんです。
   一緒に広告を作っていた新聞社のお兄さんは、僕達との付き合いを綴って、
   全国の新聞社の人達の「新聞広告論文・感想文」コンクールに応募しました。
   その年の感想文部門の最優秀賞は、
          「3センチ3段に託す思い。珈琲豆屋ベートーベンとの4年間」。

   (社団法人・日本新聞協会発行 第34回新聞広告論文・感想文入賞作品集より抜粋)
   『・・・ベートーベンを開店した時以来の商売へのこだわり・・・。はっきり言って「売る」こと
   だけを考えれば、いくらでも方法はある。・・・でもあくまでも「家族第一主義」で、
   この店は成り立っている。もちろんベートーベン君も含めてだ。』
   『仙台広告協会主催「仙台広告賞」が発表された。この3センチ3段「豆に聞く」シリーズ
   広告が、新聞部門1部銅賞に輝いた。表彰式で業界大手各社の受賞者の中で、
   奥さんが1歳の娘、ひろみちゃんをだっこして表彰を受ける姿を見て、
   僕は胸がつまる思いがした。』
   『ベートーベンの夢は、これからまた様々に形を変えるかもしれない。でも果てしなく
   続く夢であることは確かなはず。』
   ・・・この新聞社のお兄さんがうちのお店の広告の担当になったばかりの頃は、
   まだ学生のお兄ちゃんっていう感じだったけど、
   この頃はすっかり大人になっちゃって・・・。

   お兄さんの文章には「夢」という言葉が何度も出てきます。
   人間が夢を追いかけるのはむずかしい、って聞いたことがあるけど、
   僕は、夢見るの、大好きだよ。

                   今日はここまで・・・ムニャ・・・またね。
                                                 
Beethoven
ベーからの手紙      
  No.23 APR.1. 2001

 元気ですか? 
 朝早く、うぐいすの練習の声が聞こえました。
 「ホー、ホケッ、ケッケッ」、ああ、まだ若い鳥だなって、
 部屋の外で耳をすましてました。


   僕の部屋は、大きな大きな杉の木の下にあります。
   目の前には、これも大きなくるみの木。その向こうには、しだれ桜にさるすべり。
   足元には、アスファルトの道路では忘れられているいろんな雑草や小さな花達が、
   競争するみたいに顔を出しています。
   「仙台市緑化指定地域」というのになっている林が広がっていて、
   1年中、木々のざわめきや鳥達の声が聞こえてきます。
   僕の杉の木にはお客様がたくさんきます。
   「コーン、ココン、コン!」、こだまするような音はコゲラ(キツツキ)です。
   木を見上げると、丸い穴がいくつもあいています。
   セキレイや山鳩とは顔なじみ。
   お日様と一緒に眠っていると、なにかがポコン、と頭に当たりました。
   体を起こすとマヨネーズの空容器がころがっています。
   「カァー、カカッカ!」、枝の上からはカラスの高笑い。
   いつもああやって狙いうちするんだ。ま、でも相手にしてもしょうがないし・・・。
   1代目のベーは、カンカンに怒って飛び上がってカラスに吠えかかってたって。
   巣箱を用意したらもっと鳥が来るかな?手作りの巣箱をかけて
   新しいお客様を待ってみました。来ない・・・なかなか来ない・・・、あ、来た来た。
   小さい黄色いのがたくさん出たり入ったりしています。
   バチバチッ,ブーン!挨拶しようと立ち上がったら、
   パパが、「ベー、吠えるな!スズメバチだ!」。
   空気が澄んだ日は、「カッコウ、カッコウ」、林の奥からこんな声も届いてきます。

   でも、キジの親子も姿を見せなくなったし、
   昔と比べると鳥の数はずいぶん少なくなってきました。
   林の中に大きなゴミが捨てられていることもあるしね。
   いつまでも変わらずにいてほしい、僕の大好きなこの林、僕の大きな杉の木。
  
                   今日はここまで、またね。
                                                 
Beethoven     
ベーからの手紙      
  No.24 APR.19. 2001


 元気ですか? 
 今、僕の部屋の前では、たくさんの黄色いラッパ水仙が咲いています。
 アリ達はせわしなく歩き回っています。


   とってもいい天気なのに、上から何かが降ってきます。
   気付かずに外で寝ていると、降りつもったふわふわしたもので僕の体は
   黄色くなってしまいます。
   あわてて体をブルブルさせると・・、うわぁー、杉と松の花粉だ。
   「ブシャン!」と大きなくしゃみをひとつ。
   人間には花粉症っていうのがあるんだってね。ここはとてもいい所だけど、
   花粉症の人は暮らせないだろうなぁ。
   ヘビやトカゲは大丈夫?縁の下はトカゲの住まい。
   時々外へ出てきて、大きな石の上で日なたぼっこをしています。
   窓を開けてると、家の中に入ってくることもあります。
   雨の季節は、ガマガエルを踏まないように要注意。
   暗くなってから家に帰ってくると、車のライトに照らし出されて、
   あっちにもこっちにも大きなガマガエル。玄関の前にもデンと座ってる。
   カエルとも仲良くしないと、ここではやっていけません。
   クモの巣、アリの巣、ハチの巣、モグラの穴・・・。
   自然に囲まれて生活するっていうのは、きれいなことばかりじゃありません。
   うちの家族は、みんなたくましいです。

   そういえばこの間、キジのような鳴き声が裏の林から聞こえてきました。
   まだあんまり自信のない、遠慮がちな声。
   どこかから巣立った若いオスが飛んで来たのかもしれません。
   ここを気に入ってくれるといいなぁー。

                   今日はここまで、またね。
                                                 
Beethoven 
ベーからの手紙      
  No.25  MAY.2. 2001

 元気ですか? 
 今日は、セント・バーナードの捜索の話をしますね。
 1代目のベーは、2度捜索されたことがあるんですって。
 ベーが、捜索をしたんじゃありませんよ。
 べーを、捜してもらったんです。

   1度目は、山形のおばあちゃんの家に遊びに行った時のことでした。
   みんなが中でお茶を飲んでいる間、ベーはすぐそこのサクランボの木に、
   丈夫な革の引き綱でつながれました。
   様子を見にパパとママが外へ出てみたら・・・、木のそばには何もいない!
   引きちぎられたような革の綱が残っているだけ。
   裏に広がる畑を見渡してもなんにもいない。
   「ベ〜!!」パパとママは絶叫しました。
   その日、ベーは発情期と呼ばれる、赤ちゃんを産める時期に入っていました。
   「いやな予感がする。」
   家の人達も一緒に、田んぼのあぜ道や畑を必死に捜し回りました。
   みんながへとへとになった頃、ずっと向こうのゆるやかな山のふもとに、
   2頭の犬の姿が見えました。
   1頭は小柄な雑種。その犬がいたわるように振り向いて待っている、
   ふた回りも大きな犬は・・、「べ〜!!」
   パパは猛烈な勢いで一直線に駆け出しました。
   そして、「あっち行け!」。小さな恋の相手を追い払いました。
   ベーはようやく我に返って、情けないような顔をしてパパの前に立ちすくんでいたそうです。
   
   そして2度目は、うちの裏の林での出来事。
   散歩の途中にチラッと見えたキジの影を、猟犬みたいに一瞬のうちに飛び出して
   追いかけて行っちゃったんだって。
   どんなに捜しても行方不明、とうとう訓練所に捜索願いが出されました。

   こうやって話してみると、いつものんびり寝ている僕の方が、
   みんなに迷惑はかけてないよね。

                   今日はここまで、またね。
                                                 
Beethoven
『1代目』 『2代目』
ベーからの手紙      
  No.26 MAY.16. 2001

 元気ですか? 
 僕達犬、それもセント・バーナードのように大きな犬が
 人間の世界で生きていくには、いろいろと気をつかいます。
 そして犬同士の付き合い、これがまたなかなか難しいんです。
 1代目のベーみたいに駆け落ちしちゃうのもいるし、
 僕みたいに結婚しても、うまくいかない場合もあるし・・・。

   僕が散歩をする時は、回りの人や他の犬が大きな僕を怖がらないように、
   なるべくこちらから避けて端を歩くようにします。
   それでもいろんなことが起こります。
   西公園を歩いていたら、小さな犬が紐を付けず走り回っていました。
   こういう犬は、こちらに突進してくることがよくあります。
   ママは僕に「すわれ、待て」の声を掛けました。
   僕に気付いたその犬は、吠えながらまっしぐらに走ってきました。
   そして、座っている僕の無防備な急所にまさかの攻撃!
   「ギャオン!」・・・参った!
   お互いにただすれ違っただけなのに、僕に向かって歯をむいて唸ってくる
   犬もいます。
   飼い主さんは、「あぶないよ。噛みつかれるよ。」・・・失礼な!

   僕の母さんは普段はおとなしくて無口な犬だったけど、
   大人になった僕に対しては、ほんとに強かった。
   ドッグショーに出るために一緒に過ごした日、
   おやつの牛乳を母さんはさっさと飲んでしまいました。
   そしてのんびり味わって飲んでいる僕をドンと押して、僕の分を横取りするんです。
   「あ・・」と言いかけようものなら、「なに?」とにらまれておしまい。・・・やれやれ。

   でも、自分を守るために応戦しなくちゃならない時もあります。
   「紐でつないで下さい。」と何度かお願いしていた顔見知りの大きな犬が、
   その日も僕の後ろをプラプラと付いてきました。
   飼い主さんは、ポケットに両手を突っ込んで離れて歩いて来ます。
   僕は我慢できなくなってウンチの体勢に入りました。
   背中を丸めてグッと力を入れた途端、相手が突然僕の背後に回り込んできました。
   これには僕も怒った!
   出かかったウンチも引っ込んで、相手をねじ伏せました。・・・まったく!

   生きていくって、なかなか大変だよね。

                   今日はここまで、またね。
                                              
Beethoven
      
『僕の母さん』
   
べーからの手紙      
  No.27 MAY.29. 2001

 元気ですか?
 病気やケガ、してませんか?
 僕は1代目ベーのように命にかかわる大きな病気はしなかったけれど、
 年に1度の予防注射の他にもいろいろと動物病院には通いました。


   足のくる病と、鼻の下の傷のことはもう話しましたよね。
   ひどい風邪をひいて何日間も下痢が止まらなくなった時は、点滴をおよそ2時間。
   薬の量は体重で決められるので、セント・バーナードの点滴の時間は人間の
   大人と同じ位かかります。
   草の中を歩いていて、足の指と指の間に棘(とげ)のようなものが刺さることがあります。
   気付かずに放っておくと棘が皮膚の中に入りこみ、そこから化膿してしまいます。
   そんな時も病院へ。
   年をとって足をひきずって歩くようになってからは、けずれた爪を固める薬をもらうために
   定期的に通院しました。
   実は、僕は手術をしたこともあるんです。
   耳の裏側にポツンとできた小さな突起。
   吹出物かな?と思っていたら、それが少しずつ大きくなってきました。
   「取った方がいいでしょう。」と、獣医さんは耳に麻酔をしてその突起を削り取りました。
   ところが、またすぐに出てきた。そしてどんどん大きくなる。
   「細胞検査をしたら悪性の結果が出ました。耳ごと切除します。」
   手術は夜。今度は全身麻酔です。
   僕は、獣医さんとパパとお兄ちゃんの3人で手術台に抱え上げられ、
   いつのまにか眠っていました。
   念のために酸素マスクが用意されたけど、僕の口に合わなくて使いませんでした。
   ザクッと耳にメスが入った時、立ち会っていたパパがフラーッとよろめいてしまったそうです。
   「酸素マスク!!」
   床に倒れたパパに僕のための酸素マスクがあてがわれました。
   「あぁ、もう大丈夫です・・・。」

   包帯をはずしてみると、くさび形に切り取られた右耳。
   僕がドッグショーを早々と引退したのは若いうちに大きな賞を獲得したこともあるけど、
   この耳の傷のせいでもあるんです。
   パパはしきりに言い訳をしていました。
   「いや、血を見てショックだったわけじゃないんだけどさ、
   じーっと見てて息をするのを忘れちゃったんだよ。」

           しょうがないなぁ。     今日はここまで、またね
                                                 
Beethoven
ベーからの手紙      
  No.28 JUN.12. 2001

 元気ですか? 
 仙台は、中学と高校の総合体育大会が終わりました。
 うちのあゆちゃんは走るのが大好き、陸上部で100m走と
 リレーに出ました。


   1代目のベーは体中の筋肉が鍛えられていて、走る時の瞬発力や速さ、
   ジャンプ力はまるでシェパードみたいだったって。
   僕は、セント・バーナードとしては、まぁ、普通かな。
   でもたった1度だけ、死にもの狂いで全速力で走ったことがあります。
   だって、そうやって走らないとほんとに死んじゃいそうだったんだ。

   ある日、うちのワゴン車で、窓からの風を気持ち良く受けてドライブしていた時のことです。
   パパはスピードを出して(60〜70km/h位?)、流れに乗って車を走らせていました。
   僕の首輪に付いている引き綱の端は、万一の時のためにママが手に持っていました。
   ふと外を見たら、道路の向こうを大きな犬が散歩している姿が目に入りました。
   そして、自分でもどうして突然そんなことをしたのか今でもわからない、ほんとに突然、
   僕は開いている窓からポーンと飛び降りてしまったんです。
   「止めて!止めてぇ!!」
   ママは後ろの席から運転席に向って叫んだ。
   でも、風の音と他の車の音でパパには聞こえない。
   引き綱を離したら僕が車に巻き込まれると思ったママは、綱をグッっと握った。
   飛び降りたその瞬間から僕の頭の中は真っ白。走れ!!それしかない。
   走った、とにかく走った。両目が飛び出してくるのがわかった。
   「止めてぇ!ベーが飛び降りた!」
   「なに!?」
   パパは後ろを振り向いて、ギョッとしてブレーキを踏んだ。
   耳元の風が止まった.。助かった・・・。

   僕が車と同じスピードで走った証拠は、左前足の筋がひきつれたような痕(あと)。
   でも、一生懸命走るのは一度っきりでたくさん。
   ボールを取りに走るのは大好きだけどね。

                        今日はここまで、またね
                                                 
Beethoven
ベーからの手紙      
  No.29 JUN.22. 2001


 元気ですか? 
 犬は、においを嗅ぎわける力が強いって言いますよね。
 僕は、においよりも、どっちかっていうと音や空気で感じます。


   店に誰かが入ってくる・・・、「いらっしゃいませ」や「こんにちは」と挨拶する
   パパとママの声。この声が「こんにちわぁ!」と明るくて上がり調子の時は、
   きっと誰か親しい人です。
   誰だろう?僕は耳をすまして、僕のところに遊びに来てくれるかどうか待ちます。
   お兄ちゃんだといいな。こっちへ来る・・・お兄ちゃんだ!
   僕は、パッと立ち上がって駆け寄ろうとしました。
   でもそこにいたのは、文学部の別のお兄ちゃんでした。
   「あのぉ、ベーはどうやら私を阿部さんだと思ったらしく、喜んで飛び出してきたんですが
   『なんだ、おめぇか』って顔してあっち行こうとしたんですよ。だけど途中で思い直して、
   『まぁ、おめぇでもいいから来いや』って、仕方なさそうにしっぽを振ってるんですけど、
   こういう場合、私は一体どうしたらよろしいんでしょうか?」
   あぁ、もう、いいから早くこっち来てよ・・。
   あべお兄ちゃんだとこんなんじゃないからね。
   店の外にバイクが停まった音。ん?
   チャリーン、チャリーン、と鍵の音。今度こそ間違いない。
   僕は、しっぽを振って出迎えの用意をしました。
   「おはようございます」とのんびりしたお兄ちゃんの声。
   でも、店の入口で立ち止まってなかなか入ってこないんです。
   「もったいつけてないで、早くベーのところに行ってやれよ。」とパパ。
   僕はイライラして、ひと声、「ワン!」
   「あ!吠えたな!てめぇ、誰に向って吠えてんだ!」
   お兄ちゃんは、いきなり僕を羽交い締めにして、ヘルメットを僕の頭に押し付けてきます。
   「うっ、きったねぇー!、ヘルメットにヨダレつけたな!」
   ウワーッ、ウワーッ、とお互いに大騒ぎして、お兄ちゃんと僕の朝の儀式は終了です。
   
   パパとママの声の様子でわかるのは、僕の好きな人が来た時だけじゃないですよ。
   お店にやって来るのは、いい人ばかりじゃありませんから。

                        今日はここまで、この続きはまたね
                                                 
Beethoven
ベーからの手紙      
  No.30 JUN.24. 2001


 元気ですか?
 どうしても気が合わない相手や、いやな人と出会った時、
 あなたならどうしますか?僕は・・・。


   お店に入って来るのは、お客様だけじゃありません。
   パパと同じコーヒーの仕事をしているらしい人達が、ジロジロと店の中を
   見に来ることもあります。
   「何かおさがしですか?」
   パパが声をかけても、黙ったまま品物をあちこち触ります。
   そういう人が、お客様のふりをしてコーヒーのことをいろいろ質問してきても、
   パパはピンと来るって。
   店の中での目線の走らせ方、質問の仕方がお客様とは違うんですって。
   「なぜきちんと名乗って、正々堂々と話をしてくれないのかなぁ。」
   ショーケースに顔をくっつけるようにして豆を眺めて、
   「コロンビア、ちょっとふくらみが足りないんじゃない?」
   と怖いもの知らずでパパに言った人がいます。
   「いやぁ、すごいですねぇ。私なんか、ケースに顔をくっつけて見ても、
   そこまでは分かりませんよ。」
   でも、その人には残念ながらパパの嫌味が通じませんでした。
   「実は、私もコーヒーの焙煎をやってるもんですからね。」

   外でもめったに吠えない僕だけど、たまには番犬の役も果たします。
   一度、勝手に仕事場の仕切りを押し開けて、
   パパが大事にしている機械を見ようとした人がいました。
   「何をするんですか!」
   その人が入って来てから店の空気が緊張しているのを感じていた僕は、
   パパのその声と同時に、奥から、「ウ〜、ワワンッ!!」
   僕の姿は見えないのに、その人は慌てて店を出て行ったっけ。

   でも年を取ってくると、立ち上がるのも億劫になります。
   お兄ちゃんが遊びに来ても、寝そべったまましっぽだけパタン、パタンと
   動かしていると、「なんだ、ベー、愛想ないなぁ。」
   う〜ん、面倒なんだ。

                                     今日はここまで、またね。
                                                 
Beethoven